江戸時代には、主要街道として重視されていた「5街道」のうち、「中山道」「甲州街道」の2つの街道が交わる地であった下諏訪は、有数の宿場町として繁栄しました。また豊富な温泉が湧き出す湯治場として、そして日本書紀の時代から信仰されている、諏訪大社の鎮座する街として、参拝客などでもにぎわいました。下諏訪の町を歩けば、いまなお、江戸時代の宿場町の面影を色濃く残す町並みが、独特な鄙びた情緒を醸し出しています。
江戸時代の主要街道には、参勤交代の大名達や、役人のための宿泊所、「本 陣」が置かれていました。「皇女和宮」が宿泊した「上段の間」が、今もその まま残されています。岩波家は下諏訪本陣の世話役であり、宿場町一帯を一手 に仕切っていた名家でした。現在は武家屋敷のたたずまいや、名園と名高い銘 石を集めて造った日本庭園を見学することが出来ます。 営業時間 9:00〜18:00(3月〜11月までは17時まで) 料金 大人 400円 小供 200円 駐車場 諏訪大社秋宮の駐車場を利用 TEL 0266-28-7055
営業時間 9:00〜18:00(3月〜11月までは17時まで) 料金 大人 400円 小供 200円 駐車場 諏訪大社秋宮の駐車場を利用 TEL 0266-28-7055
諏訪大社春宮の側らを流れる「砥川」に架かる橋を渡った、のどかな田園 風景の中に鎮座している石仏です。石に刻まれていた年号「万治3年(16 60年)」から、万治の石仏と呼ばれています。「岡本太郎画伯」や「作家 新田次郎」が絶賛したことで、広く知られるようになりました。
幕末の元冶元(1864)年、京を目指した水戸藩浪士天狗党の一段はこの地で、高島・松本両藩の迎撃に合い、激戦を交わしました。この戦いに倒れた浪士を供養する塚です。和田峠に続く旧山道にあります。
JR下諏訪駅近く。明治維新の折、官軍の関忘として年貢半減などを掲げて江戸へ向かった赤報隊が裏切りにより斬殺されたのがこの地。相楽総三ら無念に倒れた大使を奉っています。
江戸時代の主要街道の内、「中山道」「甲州街道」の二つの主要街道の交差地点であった下諏訪は、当時の宿場町や旅籠屋の風情を残す建物や、町並みが所彼処に存在します。街を歩けば、なまこ壁の蔵道や板壁の路地や小道、そして著名な句碑が佇んでいたり、民家の家先に素朴な花が咲いていたりと、豊かな歴史と日常の暮らしが同居している楽しさ、情緒ある風情を楽しむことが出来ます。路地歩きから、ちょっと気合の入った峠歩きまで、自由で気ままな旅気分を味わうことが出来ます。
諏訪大社秋宮近くには、独特の「なまこ 壁」を持つ蔵々が立ち並ぶ、「蔵道」が あります。少し細い路地ですが、江戸時 代の風情を感じるお勧めのスポットです
また、古きよき時代の街道「鎌倉街道」 も下諏訪の地を通っていました。鎌倉街 道跡は、 街中から木々の中へと散策す ることができます。